中臣祓

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『中臣祓(なかとみのはらへ)』解説と本文

「中臣祓(なかとみのはらえ)」は、「中臣祓(なかとみのはらえ)」の他に「中臣祭文(なかとみのさいもん)」や『大中臣経(おおなかとみきょう)』ともよばれる祝詞です。
『延喜式(えんぎしき)』巻八の「六月晦大祓(大祓詞)」をもとにして作られたとされており、大祓詞(おおはらへのことば)と混同されるが、同じではありません。
12世紀成立の『朝野群載(ちょうやぐんさい)』巻六に「中臣祭文」として収録されたものが、現存最古とされています。
東大寺の修二会などでも中臣祓が唱えられているそうですが、中臣祓を唱える密教修法といえば、まず、台密(天台密教)の「六字河臨法(ろくじかりんぼう)」が連想されます。
『六字河臨法』の伝授は受けてませんので、詳細はわかりませんが、船二艘を横並びにつなぎ、本尊を川下へ向け、川をさかのぼりながら七瀬で禊祓の法を修し、識衆は中臣祓を唱えるそうです。
“七瀬で禊祓”といえば、天皇の災厄を人形(ひとがた)にうつし、七人の勅使が七瀬(大七瀬・霊所七瀬・加茂七瀬など)に流す「七瀬祓(ななせのはらえ)」が連想されます。
いざなぎ流の呪詛返しとも共通するところがあるそうで、『六字河臨法』はきわめて日本的な修法といえます。
真言神道の立場から中臣祓の注釈した『中臣祓訓解(なかとみのはらえくげ)』という両部神道書があります。

中臣祓(なかとみのはらへ)
高天原(たかまのはら)に神留坐(かむづまりましま)す
皇親(すめむつ)神漏岐(かむろぎ)神漏美(かむろみ)の命(みこと)を以(もち)て
八百万(やほよろづ)の神等(かみたち)を
神集(かむつどへ)に集賜(つどへたま)ひ
神議(かむはかり)に議賜(はかりたまひ)て
我(あが)皇孫尊(すめみまのみこと)をば
豊葦原(とよあしはら)の水穂(みずほ)の国(くに)を
安国(やすくに)と平(たひら)けく所知食(しろしめせ)と事依(ことよさ)し奉(まつり)き
如此(かく)依(よさ)し奉(まつり)し国中(くぬち)に荒振(あらぶる)神達(かみたち)を
神問(かむとは)しに問賜(とはしたま)ひ
神掃(かむはらひ)に掃賜(はらひたま(ひて
語問(こととひ)し磐根(いはね)樹(き)の立草(たちくさ)の垣葉(かきは)をも語止(ことやめ)て
天磐座(あめのいわくら)放(はな)ち
天(あめ)の八重雲(やへくも)を伊豆(いづ)の千別(ちわき)に千別(ちわき)て
天降(あまくだし)依(よさ)し奉(まつり)き
如此(かく)依(よさ)し奉(まつり)し四方(よも)の国中(くになか)に
大倭(おほやまと)日高見(ひたかみ)の国(くに)を安国(やすくに)と定(さだめ)奉(まつり)て
下津(したつ)磐根(いはね)に宮柱(みやはしら)太敷立(ふとしきた)て
高天原(たかまのはら)に千木(ちぎ)高知(たかしり)て
吾(あが)皇孫尊(すめみまのみこと)の美頭(みづ)の御舎(みあらか)に仕奉(つかへまつり)て
天(あめ)の御蔭(みかげ)日(ひ)の御蔭(みかげ)と隠坐(かくりまし)て
安国(やすくに)と平(たひら)けく所知食(しろしめさ)む国中(くぬち)に成出(なりいで)む
天(あめ)の益人等(ますひとら)が
過(あやまち)犯(おかし)けむ雑々(くさぐさ)の罪事(つみごと)を

天津罪(あまつつみ)とは
畦放(あはなち)
溝埋(みぞうめ)
樋放(ひはなち)
頻蒔(しきまき)
串刺(くしさし)
生剥(いけはぎ)
逆剥(さかはぎ)
屎戸(くそへ)
許々太久(ここたく)の罪(つみ)を天津罪(あまつつみ)と宣別(のりわけ)て
国津罪(くにつつみ)とは
生膚断(いきはだだち)
死膚断)しにはだだち)
白人(しらひと)
胡久美(こくみ)
己(おの)が母(はは)犯罪(をかせるつみ)
己(おの)が子(こ)犯罪(をかせるつみ)
母(はは)と子(こ)と犯罪(をかせるつみ)
子(こ)と母(はは)と犯罪(をかせるつみ)
畜(けもの)犯罪(をかせるつみ)
昆虫(はふむし)の災(わざはひ)
高津神(たかつかみ)の災(わざはひ)
高津鳥(たかつとり)の災(わざはひ)
畜(けもの)仆(たふ)し
蟲物(まじもの)為(せる)罪(つみ)
許々太久(ここたく)の罪(つみ)出(い)でむ
如此(かく)出(いで)ば
天津(あまつ)宮事(みやごと)を以(もち)て
天津(あまつ)金木(かなぎ)を本打切(もとうちきり)末打断(すゑうちたち)て
千座(ちくら)の置座(おきくら)に置(おき)足(たら)はして
天津(あまつ)菅曾(すがそ)を本苅断(もとかりたち)末苅切(すゑかりきり)て
八針(やはり)に取辟(とりさき)て
天津祝詞(あまつのりと)の太祝詞事(ふとのりとごと)を宣(の)れ
如此(かく)宣(のら)ば
天津神(あまつかみ)は天(あめ)之(の)磐門(いはと)を押開(おしひら)き
天(あめ)之(の)八重雲(やへぐも)を伊豆(いづ)の千別(ちわき)に千別(ちわき)て所聞食(きこしめさ)む
国津神(くにつかみ)は高山(たかやま)の末(すゑ)短山(ひきやま)の末(すゑ)に登坐(のぼりま)して
高山(たかやま)の伊穂理(いほり)短山(ひきやま)の伊穂理(いほり)を撥別(かきわけ)て所聞食(きこしめさ)む
如此(かく)所聞食(きこしめし)ては
罪(つみ)と云(いふ)罪(つみ)は不在(あらじ)と
科戸(しなど)の風(かぜ)の天(あめ)の八重雲(やへぐも)を吹放(ふきはなつ)事(こと)の如(ごと)く
朝(あした)の御霧(みきり)夕(ゆふべ)の御霧(みきり)を朝風(あさかぜ)夕風(ゆふかぜ)の吹掃(ふきはらふ)事(こと)の如(ごと)く
大津辺(おほつべ)に居(を)る大船(おほふね)の舳(へ)解放(ときはなち)艫(とも)解放(ときはなち)て大海原(おほわだのはら)に押放(おしはなつ)事(こと)如(ごと)く
彼方(をちかた)の繁木(しげき)が本(もと)を焼鎌(やきがま)の敏鎌(とがま)以(も)て打掃(うちはらふ)事(こと)の如(ごと)く
遺(のこ)れる罪(つみ)は不在(あらじ)と
祓賜(はらひたま)ひ清賜(きよめたまふ)事(こと)を
高山(たかやま)之(の)末(すゑ)短山(ひきやま)之(の)末(すゑ)より
佐久那太理(さくなだり)に落(おち)瀧(たき)つ速川(はやかは)の瀬(せ)に坐(ま)す瀬織津比咩(せおりつひめ)と云(いふ)神(かみ)大海原(おほわだのはら)に持出(もちいで)なむ
如此(かく)持出(もちいで)往(いな)ば
荒塩(あらしほ)の塩(しほ)の八百道(やほぢ)の八塩道(やしほぢ)の塩(しほ)の八百会(やほあひ)に坐(ま)す速開都比咩(はやあきつひめ)と云(いふ)神(かみ)
持(もち)可可呑(かかのみ)てむ
如此(かく)可可呑(かかのみ)ては
気吹戸(いぶきど)に坐(ま)す気吹主(いぶきどぬし)と云(いふ)神(かみ)
根国(ねのくに)底国(そこのくに)に気吹(いぶき)放(はなち)てむ
如此(かく)気吹(いぶき)放(はなち)ては
根国(ねのくに)底国(そこのくに)に坐(ま)す速佐須良比咩(はやさすらひめ)と云(いふ)神(かみ)
持佐須良比(もちさすらひ)失(うしなひ)てむ
如此(かく)失(うしなひ)ては 自以後(きょうより)始(はじめ)て罪(つみ)と云(いふ)罪(つみ)咎(とが)と云(いふ)咎(とが)は不在物(あらじもの)をと
祓賜(はらひたま)ひ清賜(きよめたまふ)と申(まを)す事(こと)の由(よし)を
八百万(やほよろづ)神等(かみたち)諸共(もろとも)に左男鹿(さをしか)の八(やつ)の耳(みみ)を振立(ふりたて)て所聞食(きこしめせ)と申(まを)す

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